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40年の時を経て・・・同窓会
八月に入り、私はまた一つ年を重ねました。
お陰様で、満55歳になりました。

先日、小学校卒業以来、初めての同窓会がありました。
小さい学校でしたので、全校350名ほど、私たちの学年は、50人を越えたり越えなかったり。

そのため、2クラスに分かれたことは、4年、6年の二年間だけで、あとの4年間は、机でひしめき合った教室で、ともに過ごしました。

参加者19名、幼い面影を残しながら、もういいおじさん、おばさんの集まりです。(中には、一部おじいさん、おばあさんの風貌の人もいます。私か?)

そんな風貌はおかまいなし、呼び名は昔通り○○ちゃん××君。(誰も読んでくれなくなったのに、)私のことも、かずよちゃんと呼んでくれる人がいることが喜びでした。

卒業して43年、5人の友人はすでに亡くなり、無事に今日を迎えながらも、皆、いろいろな人生を歩んできたようでした。

昔、いじめっこだったしんちゃんは、海外での家族旅行で事故にあい、奥さんを亡くし自らも大けがを負いました。その後、一人で子育てをし、悩み苦しんだそうです。再び結婚し、今は人を助ける仕事をしていると話してくれました。そして、昔皆に迷惑をかけたことを詫びていました。

知ってか知らずか、人を傷つけ、迷惑かけながら生きているのはお互い様、未熟なんですから。いくつになっても、学び、反省し、許しあいながら、失敗を成長の糧として生きていきましょうと話しました。


朗読がとても上手だったとしちゃんにも会えました。化粧っ気のない彼女は、穏やかで優しいお地蔵さんのようないい顔になりました。

成績優秀だった彼女は都市銀行に就職したのですが、結婚を機に家庭に入りました。なかなか子供に恵まれず、諦めかけていたころ、授かったのが、ダウン症の子でした。私がそのことを知ったのは、まだ最近のことでした。彼女のお母さんから、「苦労しているのよ」と聞いて胸が潰れる思いでした。

大変な思いで子育てしてきたのでしょう。心身共に辛く、孤独だったでしょう。でも、彼女は慈愛に満ちた優しい顔していました。

息子は、自分一人では生きてゆけないことを知り、常に周りの人に思いをかけ、その場を和やかにしてくれると話してくれました。
ダウン症の子は競争の世界では生きづらいし、生きていない。奪い合う世界でなく、与え合う世界に生きているんだと感じました。

そんな天使のようなまっさらのままの息子と、ともにあるんだと感じました。

彼女は、福祉課程のある大学で講師として講演によばれ、若い生徒に自分が学んだことを、話していると言っていました。

いろいろあったけど、皆、今を充実させて生きていました。

私は、もちろん、みんなの手相鑑定しましたよ。
昔素敵だったあの子の手も、そうでなかったあいつの手もそっと触れて、鑑定してやりました。2,3人見るとあまりに当たっているので僕はいいよと、手をすぼめてしまいます。

これからでも遅くありません。手相は、コミニュケーションをとるいいツールになりますよ。
また、私のカルチュアスクールへどうぞ

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