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たらちねの母
のど赤き 玄鳥(つばくらめ) ふたつ梁にゐて たらちねの母は しにたもうなり

斎藤茂吉‥「死にたもう母」より

主人の母、わたしの姑母が、9月2日亡くなりました。
肝臓癌を患い、痛みとの長い闘いの日々でした。
一進一退を繰り返しながらも、母は、医師の告げた日の延長記録自己更新中でした。
戦い切った母は、とても安らかで、可愛い顔で旅立ちました。

【嫁と姑】永遠なる女の確執があるといいます。
私は幸いにも、母と同居しなくていい立場でしたのであまり感じることはありませんでした。
実の親に結婚を反対されたいきさつもあり、実家に愚痴を言えない私にとって、母は愚痴を聞いてくれる大切な人でした。

母は、いろいろな資格の持ち主で、それを自宅で教えていました。
編み物教室、小笠原流礼法、香道、着付け教室、そして整膚治療院・・私と母の出会いは、この着付け教室、先生と生徒に始まり、主人と出会い、嫁と姑になりました。

母は、常に私の師でした。ああなりたいという模範教師であり、ああなりたくないという反面教師でもありました。


母から学んだこと
あきらめないこと 
六人の子供を抱え、母が未亡人になったのは、37歳の時でした。
生活のため、そして、知的好奇心を満たすため、母はチャレンジしました。
途中、13歳年下の男性と再婚し、2女を儲けましたが(母45歳)、75歳過ぎて整膚無痛治療院を開院するまで、常に前進続ける人でした。不遇でも、子供がいても、年をとっても、誰が何と言ってもあきらめない母でした。

感謝する心
私が、今このような仕事をしているのは、母の影響です。母は、暦を見て判断する人でした。
結婚、建築、開業はもちろん、新しいことを始める前は必ず暦を確認します。何をするにも大安でなければならない人でした。大安のなかでも良し悪しを教え、九紫火星の主人と妹が、出かけるときは、気をつけろと送り出す、姉の結婚先の方位が悪いと方位除けの方法を教え、従わせていました。

結婚したての時は、何の根拠があってそんなことを言うのだろう、平安時代じゃないのよ。と反感を持っていました。
しかし、今暦の勉強をすればするほど、子供の幸せを願う母の愛情を理解できるようになりました。
大難を小難に、小難を無難にするため自然が味方してくれる日を選んでくれていました。

そして、目に見えない力に護ってもらえるように神仏を大切にすること、長男の嫁として、お墓を守ることを、厳しく教えられました。目に見えるものに感謝することはもちろん、目に見えないものに感謝することが、大きな喜びをもたらしてくれていることを教えてくれました。


おかあさん、心からありがとうございました。

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